AI社内推進は実現できる!物流企業DX担当「まつにぃ」さんがナレッジ管理AIを運用するまで
生成AIは確かに注目を浴びていますが、「せっかく導入しても業務に組み込まれない」「AIが本来持っているパワーを発揮できない」というケースは珍しくありません。
今回は、そんなジレンマを打破するヒントを得るため、大手物流企業のDX推進担当として、社内にAIを根付かせることに成功しつつある「まつにぃさん」にお話を伺いました。
もともと非エンジニアながら、AWSやLLMを組み合わせたRAG(Retrieval Augmented Generation)のシステムを自ら構想し、最初のPoC(概念実証)をわずか3~4名の小さなチームで実施。経営層へのプレゼンから現場へのレクチャーまで、社内AI推進を一手に担っているそうです。
「忙しい人ほどAIを使えば楽になるのに、なかなか手が動かない……」というよくある課題を、どんな工夫で乗り越えているのか。情報が行き届かない大規模拠点をどうまとめ、どのようにROIを考えているのか。さらに個人の活動が“企業をまたぐ連携”に発展した経緯など、興味深いお話が満載です。
「AI推進は、まずは自分が楽しむことが大切」そう語るまつにぃさんの言葉には、たくさんの気づきが詰まっていました。
まつにぃさんの業務内容と社内でのAI推進概略
【チキン】今日はよろしくお願いします。まずはまつにぃさんご自身のことや背景をお伺いしたいのですが、今どのような業務を担当されているのでしょうか?
【まつにぃさん】こちらこそ、よろしくお願いします。私は大手の物流・ロジスティクス企業で、IT部門のDX推進担当をしています。弊社は従業員数が2万人ほどいて、倉庫管理や運送だけでなく、食品や車両関連など本当に多種多様な業務を行っているんです。その中で私は「DX化」と呼ばれる取り組み全般を企画・推進するポジションにいます。
【チキン】なるほど。DX推進担当でAI推進部というと、エンジニアリングにも精通しているイメージを持つのですが、まつにぃさんご自身は「非エンジニア」と伺いました。そこはどのように関わっていらっしゃるんですか?
【まつにぃさん】私はどちらかというと要件定義や業務フローの整理など、いわゆる“上流工程”を担うことがメインです。コーディングそのものは専任エンジニアがいるのですが、最近はAIを使いながら自分でも軽くコードを書いたりします。とはいえベースは「非エンジニア」なので、生成AIにサポートしてもらいつつ手を動かしている感じですね。
【チキン】なるほど。非エンジニアでもAIを活用して開発に携わるというのは興味深いですね。会社全体としてはどんなITプロジェクトがあるのでしょう?
【まつにぃさん】社内には大きく分けて、物流現場を管理するシステム領域と、バックオフィスなど管理部門を支えるシステム領域があります。私は後者のバックオフィス寄りの領域を担当することが多いです。請求書や会計データ、在庫管理などをつなぎこむ作業や、外部サービスとの連携などを統括しています。
現在のAI推進状況
【チキン】まつにぃさんが社内で運用している今まさに取り組んでいるAI関連のプロジェクトについて教えてください。
【まつにぃさん】「ナレッジ管理」をAIで強化する取り組みを進めています。弊社は事業領域が幅広く、拠点も日本全国に多数あります。その分だけノウハウや課題解決事例が膨大に散らばってしまうんです。それをRAG(Retrieval Augmented Generation)と呼ばれる仕組みで一元的に検索できるようにし、社内のどこからでも必要な情報にアクセスできるようにしています。
【チキン】RAGというと、LLM(大規模言語モデル)の回答精度を補うために、社内のデータを検索して回答に組み込む技術ですね。社内拠点でのノウハウ共有が捗りそうです。
【まつにぃさん】実際、その効果を感じている拠点も出てきました。例えばA拠点でネットワークに関するトラブルがあり、ナレッジ管理AIに問い合わせると、B拠点で同様の問題が起きた際、スターリンクを導入することで解決した事例を提供するなどです。このように各拠点に散らばっていたナレッジが共有されています。
加えて、安全品質管理や各種ドキュメント作成の自動化など、他の領域にもAIを横展開しようとしています。最近は組織横断の「AI推進チーム」が発足して、私の所属するDX部門以外の人も加わり、全社導入に向けて色々と動き始めたところです。
【チキン】なるほど。いわゆる「社内GPT」的な全社共通のAIプラットフォームを作るイメージなのでしょうか?
【まつにぃさん】そうですね。バックオフィスから現場までを一貫してサポートできる仕組みを作ろうとしています。とはいえ、まだ始まったばかりのプロジェクトなので、推進チームと連携しながら少しずつ進めている段階です。
最初の導入時、どのように社内にプレゼンしたか
【チキン】まつにぃさんが社内でAI導入を提案することになったきっかけは、どんなところだったのでしょう?
【まつにぃさん】もともと個人でChatGPTを触って、「これ絶対来るな」と確信したのが始まりです。ちょうどOpenAIのAPIが公開される前後で、私は有料プランにも即課金して試していたんです。そのうち「AWSベッドロック(Bedrock)とLLMを組み合わせたら社内のナレッジ活用に使えるのでは?」と思い始めました。
【チキン】なるほど。経営層にそうしたアイデアをぶつける際、どんな反応でしたか?
【まつにぃさん】当時の経営陣はまだ、AIに関する知見があまりなく、なにができるのかも想像できていなかったように思います。ただ、“具体的にどんな課題を、どのように解決できるか”をセットで提案したところ、そこまで強い反対はありませんでした。むしろ、実際にプロトタイプをお見せしたら一気に興味を持っていただけました。
【チキン】“AIで何が変わるか”を明確にイメージさせるのが大切なんですね。
初期プロトタイプのチーム体制
【チキン】実際に最初のプロトタイプを作る段階では、どんなチーム体制だったのですか?
【まつにぃさん】当初は私とエンジニア1名、あと業務部門の担当者が2名ほどの合計3~4名でPoCを進めました。最初から大人数で動かすと意思決定も遅くなるので、「とりあえず小さく試そう」という狙いです。
【チキン】まつにぃさんは要件定義が中心とはいえ、非エンジニアでもコードを書いたりしていたと聞きました。
【まつにぃさん】はい。エンジニアが最終的にレビューやセキュリティ面をチェックしますが、私もLLMを使ってPythonのコードを書いたり、GitHub Copilotを頼りにAWSベッドロックとRAGの接続部分を触ったりしていました。業務フローや要件定義から開発のハンドリングまで、一通り自分でもやってみようと。
【チキン】RAGで使用するナレッジは、現場からどのように吸い上げたのですか?
【まつにぃさん】まずは、既にExcelで管理していたドキュメントを、AIを使って指定した構造に自動変換することから始めました。
Excelに不足しているデータや追記したいデータについては、業務部門から現場に課題と解決までのアプローチをヒアリングしてもらい、それを文字起こししてドキュメント化、粒度をそろえるという工程で対応しました。
ちなみに、最近はヒアリング段階からAIの文字起こしを想定して、手離れしつつナレッジを貯められる仕組みを作りつつあります。
【チキン】なるほど粒度をそろえたあとは、AWSベッドロック上でRAGを組み合わせたんですね。
【まつにぃさん】そうです。AWSベッドロックからAnthropicのClaudeモデルを使ったり、AWSのRAG検索が可能なAWS Kendraを活用し、あらかじめ整備したデータを横断検索できる形にしました。あとはユーザーが自然言語で「この作業手順はどうやるの?」と聞くと、該当する拠点の手順書や事例がパッと出てくるイメージです。
【チキン】なるほど。ROI(投資対効果)はどのように測ったのでしょう?
【まつにぃさん】まだまだ社内での推進が始まったばかりなのですが、主に短期的には即時性の高い「タスクの効率化」「人件費削減」にフォーカスしています。中長期的には既存業務プロセスの再設計、実際に顧客接点があるサービスの機能向上による「売上増加」「顧客満足度の増加」「コスト削減」、そして更なる付加価値(イノベーション)の創造を視野に入れていきます。
【チキン】短期と中長期で、段階を踏んで投資対効果を見ているんですね。
【まつにぃさん】そうですね。これは他社のAI推進部も同じかと思いますが、意図的に計測しやすい指標を設定しています。そこにマッチし、なおかつクイックイン(できるだけ短期間で導入)が可能なユースケースを意図的に選定しているんです。
【チキン】計測しやすい指標、これは重要そうですね。
【まつにぃさん】そうですね。あくまで最初は“小さな成功”を積み重ねて、「AIを導入すると便利になるよね」という社内マインドを高めることがメインでした。
導入したツールは使いこなせている? 実際の運用・フィードバック
【チキン】AIを導入したのはいいものの、なかなか使ってもらえないと嘆く声もよく聞きます。まつにぃさんの会社では実際に使いこなせていますか?
【まつにぃさん】これが正直、かなりレベル差がありますね。私自身は「1日の業務時間フルでAI画面を開いている」といっても過言ではないくらい、常に使っています。私の周りにも、何か作業するときはまずAIに聞いてみるというスタンスのメンバーが増えてはきました。
【チキン】そうなんですね。逆にあまり使えていない方もいるのでしょうか?
【まつにぃさん】はい。推進チームの中でも、まだ操作に慣れていなかったり、そもそも「忙しいからAI触る暇がない」という人もいるんです。でも私からすると「忙しいからこそAI使えば時短になるのに!」って思うんですよね。そういう方々には時間をつくってハンズオンや個別レクチャーをするなど、地道なサポートが必要だと感じています。
【チキン】使いこなし度にばらつきがある状況で、活用度を高めるためにどんな取り組みをしているのか、もう少し具体的に聞かせてもらえますか?
【まつにぃさん】まずは「定期的なレクチャーやハンズオンの機会を設ける」ことですね。たとえば1〜2週間に1度は推進チーム向けに私がレクチャーし、さらに1〜2ヶ月に1度は各部門からアンバサダー的なメンバーを集めて勉強会をやっています。そこで「プロンプト集」や「事例集」を共有して、すぐ業務に応用できる内容を見せるんです。
【チキン】なるほど。プロンプトを“テンプレ”として社内に公開するイメージでしょうか。
【まつにぃさん】そうですね。誰でも「こういうフレーズで聞くとAIが正確に答えてくれるよ」というノウハウをすぐ試せるようにしています。特に「Cline」とか「Browser Use」といった目に見えて分かりやすい自動化ツールを実演するのも効果的です。少し前に「自動で資料をまとめる→数分でプロトタイプを作る」みたいなデモをやったら、すごく盛り上がりました。
【チキン】いわゆる“目に見える魔法”を見せると、すぐに興味を持つ人が増えそうですね。
【まつにぃさん】そうなんですよ。結局、みんな忙しいので「本当にそれで楽になるの?」と半信半疑の人が多いんです。だからこそ、フェイス・トゥ・フェイスで実際に動かしてみせるのが大事。オンライン説明もやりますが、やっぱりデスク横で「見てください、こんなに早いです」とやると、急に興味を持ってもらえるんですよね。
【チキン】“忙しい”という言葉をうまく解決に導くには、リアルな事例を実演するのがいちばん説得力あるんですね。
【まつにぃさん】そうです。私の中での定石は、
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AIの進化でこれから社会がどう変わるか — いわゆる危機感喚起やホラーストーリー。
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今すぐ使える目に見える機能実演 — 「こんなふうに自動化できるんだ!」と体感してもらう。
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プロンプトセットや事例の公開 — すぐ真似できるように整える。
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フェイス・トゥ・フェイスのレクチャー — 詰まったらすぐ隣で解決する。
この4つを組み合わせると、かなりの確率で「ちょっとやってみたい」という人が増えますね。
現在のAI推進チームと対外連携(イベント参加→人脈づくり)
【チキン】まつにぃさんのお話を聞いていると、社内でのノウハウ共有だけでなく、他社や外部コミュニティと情報交換している雰囲気があるのですが、それは会社として取り組んでいるのか、それとも最初は個人的な動きでしょうか?
【まつにぃさん】きっかけとしては、ほとんどが「個人的な参加」から始まっています。私自身がAIに興味を持って、東京のAI系イベントやMeetupに足を運んだり、SNSで情報発信・交換したりするうちに、他社の方と知り合う機会が増えました。
【チキン】個人的なつながりが、最終的に会社レベルの連携やコンサル導入につながっているんですね。
【まつにぃさん】まさにそうです。たとえば「Dify Meetup」という生成AIツールのコミュニティイベントに参加した際、ある電力会社さんが自社事例を発表していて、「うちの会社の悩みとかなり似ている!」と思って、名刺交換をしました。その後実際に訪問してプロダクトを見せてもらったり、逆にこちらの状況を共有したりするうちに、今では協力関係に近い形で情報交換できるようになりました。
【チキン】それはすごいですね。もはや“個人のつながり”が企業間の連携を生んでいる印象です。
【まつにぃさん】はい。実際、弊社がAIコンサルとして入れている企業さんとのご縁も、最初はTwitter(X)で繋がりがあったり、イベントでお互い顔を合わせたりしたのがきっかけなんです。私が社内で提案したんですね。
【チキン】なるほど、個人で蓄えた情報と人脈を、今度は会社にフィードバックしているわけですね。
これから社内にAIを導入したい人へのアドバイス(まとめ)
【チキン】ここまで、社内AI推進の具体的なお話をたくさんうかがってきましたが、最後に「これからAIを社内に導入したい」という方へのアドバイスをお願いできますか?
【まつにぃさん】そうですね。私がいちばん大切だと思っているのは、「推進者自身がまずAIを楽しむ」ことです。よく「忙しくてそんな余裕ない」という声が出てきますが、正直言うと、忙しいならなおさらAIを使うことで時短ができるし、自分がラクできる方法をいくらでも発見できるはずなんですよ。
【チキン】“楽しんでいる姿を周囲に見せる”というのも重要だとおっしゃっていましたね。
【まつにぃさん】はい。AI推進っていうと、どうしてもROI計測やデータ整備など事務的な面ばかりが強調されがちですが、実際に自分が使って「これは便利!」「思ったより簡単だ!」とワクワクしているところを隣の席の人が見たら、「ちょっと教えて」となるじゃないですか。そこから導入が広がるケースが本当に多いんです。
【チキン】確かに「楽しそうだから使ってみたい」の心理的ハードルの低さは、大きいですよね。
【まつにぃさん】「AIで何かしてみたいけど、どうやって始めたらいいの?」と悩むより、「まずは触ってみる→面白さを周囲に伝える→仲間を見つける」のステップで十分だと思います。ぜひ楽しみながら小さな成果を出して、社内でのAI推進につなげていただきたいですね。
【チキン】本日は貴重なお話、ありがとうございました!
編集後記
最後までお読みいただきありがとうございます。「社内AI推進」は経営層からの期待値は高く、現場には受け入れてもらえないこともあるものだと思っていました。まつにぃさんのお話を聞いて特に印象的だったのは、現場に足を運びフェイストゥフェイスでのコミュニケーションを重視していたことです。
スタッフのデスクの横に立っていると、隣のデスクから「そういえば聞きたいことが」と話しかけられることもあり、テキストやZoomでは拾えないニーズに気づけるそうです。「フィジカルは今後より大事になると思います」との言葉に、AI推進のヒントが詰まっているように感じました。
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